BFFパターン 基本概念と設計ポイント
はじめに
現代のウェブアプリケーション開発において、ユーザー体験の向上と開発効率の両立は重要な課題です。特に、マイクロサービスアーキテクチャを採用し、PCやスマートフォン、タブレットなど多様なクライアントデバイスに対応する必要がある場合、バックエンドAPIの設計は複雑になります。
この記事では、このような課題を解決するための一つの有効な手段である「Backend For Frontend(BFF)」パターンについて解説します。BFFパターンの基本概念から、なぜこのパターンが必要とされるのか、そして設計上の重要なポイントまでを体系的に説明します。事業会社への転職を検討されており、モダンな開発手法やアーキテクチャに関心をお持ちのエンジニアの方々にとって、BFFパターンがどのように機能し、開発にどのようなメリットをもたらすのか、その理解を深める一助となれば幸いです。
BFFパターンとは
BFFパターンは、「特定のフロントエンドアプリケーションのために最適化されたバックエンド」を構築するアーキテクチャパターンです。従来の一般的なアプローチでは、複数のクライアントタイプ(Web、Mobileなど)が共通の単一バックエンドAPIにアクセスすることが多くありました。しかし、BFFパターンでは、クライアントの種類ごとに独立したバックエンドサービス(BFF)を配置します。
例えば、Webブラウザ向けとスマートフォンアプリ向けでは、必要とされるデータの形式や量、エンドポイントの構成などが異なる場合があります。単一バックエンドの場合、すべてのクライアントの要求を満たすためにAPIが複雑化したり、クライアント側で不要なデータをフィルタリングしたり、複数回のAPIコールを行ったりする必要が生じがちです。
BFFパターンを採用することで、Webクライアント用のBFF、Mobileクライアント用のBFFのように、それぞれのクライアントに特化したAPIを提供できるようになります。これにより、各BFFは特定のクライアントにとって最適なデータ形式で応答を返したり、複数のバックエンドマイクロサービスへのアクセスをまとめて(アグリゲートして)一度の応答で返したりする役割を担います。
BFFパターンが必要とされる背景
BFFパターンが登場し、広く採用されるようになった背景には、主に以下の要素があります。
- 多様なクライアントの存在: PCウェブサイト、iOS/Androidアプリ、IoTデバイスなど、ユーザーが利用するクライアントデバイスは多様化しています。それぞれのクライアントは異なるUI/UXを持ち、必要とするデータや処理ロジックが異なります。
- マイクロサービスアーキテクチャの普及: バックエンドが多数の小さなサービス(マイクロサービス)に分割されると、一つの画面を表示するために複数のマイクロサービスからのデータを組み合わせる必要が生じます。クライアントがこれらのマイクロサービスに直接アクセスするのは複雑で非効率です。
- フロントエンドとバックエンドの開発チームの分離: 多くの組織では、フロントエンドとバックエンドの開発チームが独立して機能しています。共通バックエンドの場合、特定のクライアント機能の追加や変更が、他のクライアントやバックエンド全体に影響を与えないか慎重な調整が必要になることがあります。
- パフォーマンスとユーザー体験の最適化: クライアントごとに必要なデータを最適化して提供することで、ネットワーク通信量を削減し、APIコールの回数を減らすことができます。これにより、アプリケーションの応答速度が向上し、ユーザー体験を高めることが可能です。
BFFパターンのメリット
BFFパターンを採用することには、いくつかの明確なメリットがあります。
- クライアント特化のAPI提供: 各BFFは特定のクライアントの要求に合わせて最適化されます。これにより、クライアント側でのデータ加工や複数APIコールの手間を削減し、フロントエンド開発をシンプルに保つことができます。
- 開発の分離と並行開発の促進: BFFごとに開発チームを割り当てることが可能です。これにより、フロントエンドチームは自身のクライENTに対応するBFFの開発をバックエンドマイクロサービスの開発と並行して進めやすくなり、開発速度が向上します。
- パフォーマンスの最適化: クライアントが必要とするデータのみを効率的に取得・加工して提供することで、通信オーバーヘッドを削減し、データ取得にかかる時間を短縮できます。
- バックエンドマイクロサービスの複雑性の隠蔽: BFFは、複数のバックエンドマイクロサービスへのアクセスを集約し、クライアントに対しては単一のエンドポイントとして提供します。これにより、クライアントはバックエンドの内部構成(どのマイクロサービスがどのデータを提供するかなど)を知る必要がなくなります。
BFFパターンのデメリットと考慮点
一方で、BFFパターンには考慮すべきデメリットも存在します。
- バックエンドサービスの増加による運用負荷: BFFごとに独立したサービスをデプロイ・運用する必要があるため、管理対象となるサービスの数が増加します。適切なDevOps体制や自動化が不可欠です。
- コード重複の可能性: 複数のBFFで共通のロジック(認証、共通ユーティリティ処理など)が必要になる場合、コードが重複する可能性があります。共通ライブラリ化などの対策が必要です。
- 設計上の複雑性: BFFとバックエンドマイクロサービス、そしてクライアント間の責務をどのように分割するか、全体のアーキテクチャ設計が複雑になる可能性があります。
- チーム体制との整合性: BFFパターンは、クライアントチームとバックエンドチームが比較的独立して開発を進める組織構造と相性が良いとされます。現在のチーム体制と合致するか検討が必要です。
BFFパターンの設計ポイント
BFFパターンを効果的に導入・運用するためには、いくつかの設計上のポイントがあります。
- 責任範囲の明確化: 各BFFが担当するクライアントタイプや機能範囲を明確に定義します。全てのクライアントで共通するAPI(例:認証やユーザー情報取得など)は、専用のBFFやAPI Gatewayを介するなど、共通化の検討も必要です。
- 通信方法の選定: BFFとバックエンドマイクロサービス間の通信方法(REST, gRPC, メッセージキューなど)を選択します。内部通信であるため、パフォーマンスや信頼性を重視したプロトコル選定が可能です。
- 認証・認可の扱い: クライアントからの認証情報をどのようにBFFで処理し、バックエンドマイクロサービスに伝達するかを設計します。API Gatewayと連携させるパターンも一般的です。
- エラーハンドリングと監視: BFF自身のエラーだけでなく、バックエンドマイクロサービスからのエラーをどのように集約・変換してクライアントに返すか、またBFFの稼働状況をどのように監視するかを設計します。オブザーバビリティ(監視、ロギング、トレーシング)の仕組みが重要になります。
- 技術スタックの選択: 各BFFは異なる技術スタックで実装することも可能です。これは、チームの得意な言語やフレームワークを選択できる柔軟性をもたらしますが、運用・保守の複雑性を増す可能性もあります。
- API Gatewayとの役割分担: API Gatewayは認証、レート制限、ルーティングなど横断的な関心事を扱いますが、BFFは特定のクライアント向けのデータ変換・集約に特化します。これらをどのように連携させるか、役割分担を明確にすることが重要です。
まとめ
BFFパターンは、マイクロサービスアーキテクチャや多様なクライアントが存在する現代のアプリケーション開発において、クライアント体験の最適化と開発効率の向上に貢献する有力なアーキテクチャパターンです。特定のクライアントのためにバックエンドAPIを最適化することで、フロントエンド開発の複雑性を軽減し、チーム間の独立性を高めるメリットがあります。
一方で、サービスの数が増えることによる運用負荷増や設計の複雑化といった課題も伴います。BFFパターンの導入を検討する際には、これらのメリットとデメリットを十分に理解し、システムの特性、チーム体制、開発・運用能力を考慮した上で、その適用範囲や設計を慎重に判断することが求められます。モダンなWeb開発に関わる上で、BFFパターンはぜひ押さえておきたい重要な概念の一つと言えるでしょう。